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# by planet_somnium | 2012-12-31 00:00 | Trackback

 旅は遠のいたり戻ってきたりする。

 もう1年以上たって、移動中の高揚感も完全にすたれてしまった、どころか、どんよりと疲れきっているような気がしても、何が理由なのか、何がきっかけなのかはわからないけれど、窓の外の下限の月、見慣れたはずの町あかり、見あきたはずの暗闇で会話している乗客から、ふいにまた旅の美しさが戻ってきたことを知るのだ。体は疲れていてもふいに、脳内にたちこめていた霧が晴れて、体の外にまとわりついていた幕がとれて、クリアに、自分が今ここにいることがわかる。旅の途上であること。生きてきたこの時点であるということ。自分が今どういう状態にあるかということ。このクリアさはなんなのだろう。それがやってきてくれるたびに、少なくともつかの間体内にとどまっている間は、これがやってきてくれるのなら、ほとんどの日々に霧が立ちこめていても幕がまとわりついていてもやっていける、と思えるくらい。

 こんな時は、くたびれたようにみえる見ず知らずの乗客にさえ愛のようなものを感じる。おかしな話だけれど。頭の中はしんと冷えているのに、胸のあたりの空間が無限に広がっていく。乗客を入口に、大切な身近な人々はもちろん、今はもう離れてしまった人々、旅の間に出会ったすべての人々、今も同じ場所でゲートを見張っているのだろうベネズエラ人の警官、コモロ空港で奇跡を起こそうとしたエジプト人、手を差し出されるたびに複雑な感情を呼び起こされたものごい、ある鍵を世間話のように指し示してくれたジョグジャカルタの宿の主人、独りでソベを切り盛りしているクロアチア人女性、和解と不信の間で迷走しているカナンの人々、おかしい話だけれど、今この瞬間だけはこの世のすべての人を愛しているような気持ちでいる。それがほんの一瞬だとしても、唐突にやってきて、つかまえようとしても消えていくものだとしても。こんなふうに、ここで、こんなちっぽけな一人に、こんなことが起きている。起きている時にはまるで普通のことのように。ということは、いったい世界のどれだけの人が拡大する魂を、抱えているんだろう。今、この瞬間に、魂が拡大して、胸がいっぱいになったり、人にやさしくしたくなったり、何かに感謝したくなったり、何かを生み出したくなったりしている人がいったいどれだけいるんだろう。



 [移動瞑想]
旅との関連性にかかわらず、移動中に考えるともなく考えた降りてくるともなく降りてきた何かのこと。あるいはそのさま。別名、移動妄想。
                             『それ地球用語辞典』より


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# by planet_somnium | 2011-11-02 11:44 | 移動瞑想 | Trackback

 あいさつについて。南米ではコロンビアだけかもしれないけれど、私が耳にするくだけたあいさつは「オーラ」じゃなくて「ブエノ!(ブエナス?)」だった。ティムによると、こんにちはにアディオスということもあるという話。



 コーヒーについて。コロンビアといえばコーヒー。おいしいに決まってる。という先入観が味覚をだましていたのかもしれない。入国してしばらくはそのつもりで飲んでいて、だけど、だんだん、あれ、んーと、あれ?と思うようになってきて。ボゴタのカフェ文化は楽しいものだったけれど、質はというと微妙で。どこでもよく見かけていたリヤカーのコーヒーをメデジンで初めて買って飲んだ時に、おじさんの「どこから来た?」の問いかけから始まる片言会話から、いい豆は全部日本などの先進国に渡ってしまう、という話をしているらしいことがわかった。カカオと同じ現象。そして、このおじさんの砂糖入りコーヒーがコロンビアで飲んだ中で一番おいしかったという。



 バリアフリーについて。メデジンの宿の最寄駅Sur americana駅には、車椅子用の移動装置が階段に設置してあった。どこにもまったく段差のないボゴタのバスシステム「トランスミレニオ」といい、コロンビアは、バリアフリーがさくっと整っている。都市と地方では差があるのかもしれないけど、それでもかなり意識は高いと思う。



 犬かってるひと多い。ペットショップもよくみかけた。

  スーパーのおつりについて。例えば28050copのように、50センターボ前後の端数が出た場合。出そうとしてもいらないといわれた。それも2回。こういうのは初めて。トルコ以降スーパー文化のあるところ、今まではもうあたりまえのように、端数切り上げ?というくらい、細かいおつりはくれなくて、それについてクロアチアで会った男の子はかなり怒っていたけれど、私はもうそういうものだと思っていて、そうでなくてももうチップでいいよくらいのつもりでないものとしてとらえるようになっていたんだけれど。そういえば一度デンマークで、落としたのか手に持っていたはずのコインがをなくなっていて探していたら、するとレジの女の子が寄付の容器からコインを取ってウィンクしてくれたことはあったけど。本当は必要なのに切り下げてくれた国ははじめて。

 レジ袋について。レジを打つ人と袋入れる人が別で、袋入れは全部やってくれるんだけど、1枚で充分まにあっても、商品ごとに全部こわけして入れてくれる。これは1枚でいいなあ。



 コロンビアにいる間よーく買ってたチップスたち。黄バナナは甘い味。緑バナナはしょっぱ味。ユカ芋チップスは厚焼きポテトチップス風。


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竹が!
タケノコが!

コロンビアはどこでもボテロ。みあきた。メデジン生まれだそうです。
おふたりさん、見られてますよ。
このアングルはどうだろう。いや、撮るわたしのことですが。
メデジンでもアベーナにトライ。これは粉っぽかった。
作るところ見ていたけれど、缶に入った粉をミキサーで牛乳とがーっとまぜて終わり。
インスタントアベーナ。ボゴタ風とろりんアベーナはないのかな、とそれでもしつこく
探していたら宿の近くにチェーン店っぽいアベーナ屋さんを発見。
毎日くいっと飲みにいってました。

メデジンの誇るメトロのシステム。見てのとおりきれいだし、バリアフリー。
ケーブルカーもメデジンの観光名物。そして市民の足。
その真下には、人々の普通の生活が。


高くなるほどに、遠くなるほどに、建物は荒れていく。写真はケーブルJで
山を越した向こうの建物。びっくりするくらい途端にみすぼらしくなった。
ケーブルカーはKもJもメトロから続きで乗れる(1回1550)。
KはA線Acevedo駅から、JはB線San Javier駅から。
さらにKはnational park行きにつながっている。別途2500cop要。
national parkに降りないでぐるり回るだけなら片道料金でOK。
同じ降りない組だったおふたり。右の方はフランスの作家さん。
帰りは乗り変え駅Santo domingo駅で降りてみた。
さきほどの写真の左側のコロンビア人男性から、
ここらへんは治安悪いから気をつけて、カメラはしまうように、と忠告。

Parque Exploraという建物内の水族館。
中学生?の団体が来ていて、「見て(エビがいるよ)」とたまたま隣にいたひとりに声をかけたら
あっというまにかこまれ、大質問&撮影大会に。先生苦笑。この写真はやっと撮らせてくれた一枚。





 メデジン。

 2週間。

 あれどゆこと?いつのまに?

 最初から骨休めするつもりだったフランスを除けば、インドのバラナシに並ぶまさかの沈没。短期移動型からすると、2週間はね、相当です。バラナシはまだね、いつのまにとかいいながら、まあ、バラナシだしね、沈没場所だよね、うんうん、と半分どこか、前向きに、積極的に、確信犯的に、身をゆだねたところがなきにしもあらずだったのですけども。まさかコロンビアの地方都市で2週間。長旅中にコロンビアに来て、そしてひょいとメデジンにきちゃった方。気をつけてください、ここにも魔物がすんでます。気をぬくと沈没させられちゃいます。

 なんでだろうか。常春のようなゆるい気候のせいだろうか。暑いカルタヘナや寒いボゴタから来て、ほどよさ加減にやられちゃうんだろうか。こんな盆地にあって適度に都会で生活必需品がなんでもそろうからだろうか。宿のせいだろうか。私だけじゃないです。コロンビアでは初めてここで日本人にあったのだけど、エクアドルからあがってきたその彼は、メデジンだけでコロンビアの日数を使い果たしエクアドルに戻っていってました。

 私の場合は宿を変えたのも要因かもしれない。
 ひとつめはHOSTEL MEDELLIN。18000cop/泊。連泊割引。ダブルをシングルの値段で。実をいうとメデジンには仕事をするつもりで来たので1週間くらいはいるかな、と思ってはいた。ボゴタでもよかったんだけれど、メデジンはいいよ、宿もホステルメデジンが居心地いい、WiFiも快適、という話を耳にして。でもふたをあけてみると、宿は確かに静かで居心地よかったし、オーナーのクラウディアもいい人だったんだけれど、ネットがとんでもなく遅く。5日泊まって仕事はなんとか終わったんだけど、なんだろう、消化不良だったのかな、もう1件メモしていたホステルに散歩がてら見学に行って、気分転換もかねて泊まってみることにした。PALM TREE HOSTAL。 混合ドミ18000cop/泊。そしたらあっという間に2週間。

 初日こそドミ貸し切り状態だったものの、翌々日にきたM&K君たちと一緒に、この旅初の夜遊び(いやほんとに)ディスコティカに行ったり、ケーブルカー乗りに行ったり、中華やパフェ食べたりしました。



 それからPALM TREE金曜恒例チョリソーパーティ。チョリソーパンもおいしかったけど、2週目は料理上手のイタリア人&スペイン人コンビが作ってくれたラザーニャとスパニッシュオムレツがついて豪勢なものに。ラザーニャは本当にすばらしく、レシピゲット。



 この写真に写っているスペイン人の彼はとても音楽好きで、spotify というというサイトを教えてくれた。月4.99EUR(フリープランもあり)でネットが使える場所では膨大な曲数が聞き放題。なんでもヒットするよ、試しに何か題名打ってみて、というので、その日聞いていた曲名をPCに入力。始まった旋律を聞いているうちに「これいいね」と気に入ってくれ、それ以来しょっちゅう、共有スペースの前の彼の部屋からこの曲が流れてきてた。なんだろう、こういうのってなにか嬉しい。


 南米4ヵ月やっちゅうにコロンビアで1ヵ月。さあどう影響してきますか。




BGM: Keren Ann "not going anywhere"


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巨大な一枚岩エル・ペニョル(El penol)。
と壁画がかわいらしいグアタペ(Guatape)。

エルペニョルへはメデジンからバスで1.5h。10000cop。
エルペニョルからグアタペは徒歩で。30分。
帰りのバスはグアタペからメデジンで12000cop。





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 ボゴタ。はっきりいって・・・・・・・・・・・・・・・いい。めちゃめちゃ、ちょうどいい。ものすごくきれいというわけじゃない。でも期待しないでくるとはるかに大都会。配分がちょうどいい。久しぶりにわくわくする都会。自分に合ってる。なによりカフェ好きにはたまりません。いたるところによさそうなカフェ。有頂天になるほどに。さすがコーヒーの国。そしてアベーナ。そもそもカラス麦の粉なんて飲み物にする? それがこんな絶妙にトロリとしたバニラ味の飲み物になる?それからモーラ(ブラックベリー)ジュース。これもモンポスでみつけて以来のお気に入り。コンレチェ(牛乳割り)で。Cafe picosのトロピカルパフェ。Crepes&Wafflesのチョコクレープ。アラゴン近くの小さなパン屋でさえどれを選んでもおいしい。





自家製ボゴタセントロマップ。
アラゴンの情報ノートにばらばらに書いてあった情報を合わせたものと、
自分でみつけた場所をもとにかいた。写真は、帰国後かきなおしたもの。
こんな適当マップでも欲しいという方がいらっしゃいましたら、ちゃんと写した
元画像をお送りしますので、右の柱に載せているアドレスにメールください~。 





 旧市街のいたるところに描かれているグラフィティ。まあうまいかというと別だけれど、見目うるわしくもないけれど、味があってとても楽しい。この町にとけこんでいる。日曜日無料の黄金美術館。近くのお土産やさんはすすめはするけど強要はしない。大通りカレーラ7は日曜日のフリーマーケットに限らずお店が立ち並んでいてそぞろ歩きが楽しい。赤いトランスミレニオで1時間半ほど足をのばせばシパキラという神秘的な岩塩洞窟教会も見に行ける。

 

 それから人について。すごく陽気、ではないかもしれないけれど、深刻、というのではなく、思慮深い顔立ちをしている人が多いように感じる。整っている人が多いのは確か。コロンビア人女性の美しさは有名だけど、女性に限らず。顔立ちが聡明。ラオスで会ったフレッドに抱いた誠実な印象は、彼が特別ではなかったんだ。




 昼間にナイフをつきつけられた、などの話もまだゼロではないようだし、アラゴンの付近も夜は出歩かないようにと釘をさされる場所ではある。依然気をつけるにこしたことはないし、有頂天になりすぎていやな目にあってたちまちしょぼん・・・とならないように常に気をはっていよう、とは思うのだけど・・・・・・・・でも居心地いいんだよなあぁ。

 

 この国ははっきりいって、もはや、日本で認識されているような危険な国ではないと思う。地球の歩き方も、旅自体を牽制しているのか、単に情報が集まらないのか、ペルー・ボリビア版の最後にボゴタとカルタヘナのみが2色刷りでほんの数ページ(10年版から地図がついたという話を聞いたけど私の持ってた09年は地図もなかった)。だけど、この国の観光資源は実のところ、とても豊富だ。旅をしないでいるのはもったいない。他の南米の都市を旅先として可とするのなら、同じように気をつけるなら、という条件つきで、同じスタイルで旅できるレベルに達していると思う。あくまで個人的な感覚だけど。コロンビアにしばらく住んでいるリチャードは、アラカタカの近くで休憩していた時に「そうはいってもこの付近で虐殺があったのはつい10年前」と話していたし、ボゴタではにせ警官がパスポートやさいふの中身を見せろなどといってくることもあるらしい(とアラゴンに張り紙あり)から、依然として気をつける必要はある。あるけど、リチャードも最近の治安とくにボゴタについては同意していたし、実際、町のあちこちに、ほんとにあちこちに、黄色い蛍光色でポリスと書かれた制服を着た本物の警官が立って見張っている。あえて調べなくても、数日滞在すれば、治安に力を入れているなというのは目でわかる。

 

 ボゴタは、黒人文化のカルタヘナとは雰囲気がまた全然違う。あの場所も旅情をかきたてる不思議に魅力的な町だったけれど、この街はヨーロッパ色の方が濃厚。気温のせいもあるのか印象はグレー。グレーというと何か陰鬱としたイメージを彷彿とさせるかもしれないけれど、黒い歴史よりはむしろ私の中では、落ち着き、誠実さ、思慮深さと一致する。

 

 落ち着いた現実。と同時に、現実以外の何かがひそやかに混じり込んでいるようにも感じるのは、単に私がまだここでは異邦人だからだろうか。知れば消えていくもの?いずれにせよこのグレーにはマジックリアリズムが紛れ込むのを許している空気がある。「百年の孤独」がこの国を土台に生まれたということには、今や何の不思議も感じない。

 私はこの柔軟なグレーを愛する。




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10月22日am

 高山病は18年前にクスコで経験済みだ。自分はかかるタイプだということは承知していたので、ネパールにいる時にすでに町の薬局でダイアモックス(高山病の薬※)を手に入れていた。

 ボゴタは標高2600m。南米の首都としてはボリビアのラパス4000m、エクアドルのキト2800mに次ぐ。高山病になるほどの高さではないだろうけど、今後南下していくにつれあがっていくルート組み、このあたりから少しずつ慣れていくといいな(※※)、もしかしたら前の旅で免疫ついてたりしないかな♡などと淡い期待を抱いていたけれど、ククタからのバスは高低差の激しい峠の繰り返しで、急激な温度差と合わせてときおり頭や胸の引きつる妙な感覚があったのは、その徴候だったのかもしれない。

 夕方近くになってバスターミナルに着き、黒のミニバス(※※※)でセントロに向かった。バックパックのこなきじじい化がいつもの2倍は早いのを感じながら目当ての宿アラゴンに辿り着き、その日は比較的おとなしくして早めに就寝。そして今日。激しい頭痛で目が覚めた。吐き気はないけど頭痛がすごい。イブを飲んでも切れると「隊長!自分もうだめっす!」と宣言するかのようにいきなり痛みだすので、ついに特殊部隊ダイアモックスを召集、半錠に割っておそるおそる飲んでみた。数十分後効いてきた気がしたけれど、実はイブにももう一度チャンスを与えていたので単独での手柄かは不明。

アラゴンの部屋。


10月22日pm

 アラゴン前のCalle14を左に曲がり少し歩いたところから右折して入る石畳の通りに、9月にオープンしたばかり(注:2010年の話)の宿をみつける。ためしに中を見せてもらった。シングルはいっぱいだけどドミトリーは空いてるという。ドミは男女混合だけどきれいだし、中央の共有スペースはガラスの天井から光が届いて気持ちよさそう。これにWiFi、キッチン使用可、朝食つきで20000ならいいかも。アラゴンは25000copで少し高く、でもこれはシングルの値段だし木の床もベッドも雰囲気あるし受付にいる丹波哲郎似のおじさまオーナーもいい感じだし、最初に伝えた通りちゃんと3日滞在したい。でも新しくみつけたところにも泊まってみたい。ボゴタ少しのばそうかな。

 イブが力尽きたようだけど頭痛はそんなに戻ってきてない。ヤツが任務を遂行しているのか。町歩きをしていると息があがりやすいけど許容範囲内。この肌寒さも心地よい。ボゴタ、好きだ。ていうかコロンビア好きだ。思いのほか長居してるなー。



Casa vella vista。結局泊まりました。


散らかってますけども。










※日本では緑内障の処方薬だけど海外ではたいてい処方なしで購入可能。薬局で買う時には、商品名のダイアモックス(DIAMOX)ではなく成分名(アセタゾラミド[Acetazolamide])の方を言ってくださいね。商品名は国によって名前が違うことがあるので成分名の方が確実。それに「高山病用の薬(medicine for high altitude sickness)をください」と言うと(特にペルーでは)アスピリンが出されることが多いようです。アスピリンはごぞんじ頭痛・鎮痛薬。高山病の症状の一つが頭痛なので、頭痛には効くとしても吐き気などの他の症状には効きません。なのでやはり成分名を言うのが確実。ただしダイアモックスもあくまで初期症状用のようです。高所に行く数日前から予防的に1日半錠(0.125g)ずつ服用しておくといいそう。

※※移動のルートや速度にもよるけれど、南米の旅を南下組と北上組で分けるとすると、一般的に北上組、例えばアルゼンチンやブラジルからボリビアを抜けてペルーへ、のようなルートだと、それも駆け足であればあるほど、ボリビアで一気に高度があがるため体調を崩しやすくなるみたい。私のような南下組は、北上組に較べると少しずつ順応しやすい、らしい。

※※※ミニバスはバスターミナル併設のインフォメーションを出た目の前から出てる。C-23と言われたけど、番号どこに書いてるか私はわからなかったので確認した方がいいかも。ちなみにインフォメーションでボゴタ市内の地図がもらえるので(英語通じる)乗る前にもらっておくと便利。



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 あくまで私の話ですが。

 日本の生活に対する、自分の元の生活に対する煩悩を、捨てきって旅ができるかどうかは、ざっくりみて1年が境い目のような気がする。1年間は捨てきらないまま旅ができる。食べ物については、和食への郷愁がもともと強くはないので、なければないでいいし、出会えればイベントのように楽しむ余裕があったけれど、この1年、それ以外の煩悩は捨てきらないままに旅していた気がする。例えば、自分的にOKな髪形のキープ、愛用の化粧水への執着、ノートやペンの質へのこだわり。煩悩をキープするために、そうしたい要求が勝っているために、せっせと、郵送を頼んだり、日本から来る人に頼んだり、似たような商品やサービスをお店で探したり。

 でもその情熱が勝つのも1年が限度という気がする。1年もすると、キープするわずらわしさの方が台頭してくる。それに費やすエネルギーが無駄に思えてくる。他のエネルギーを奪っているように感じてくる。聞こえてくるのは「手放さなきゃ、煩悩なんだから」ではなく「もう自由になりたい」という声。ここちよくいるための煩悩だったはずが束縛になり、解き放たれてラクになりたくなってくる。と同時に、矛盾しているようだけど、ラクに手に入れる生活への恋しさも募ってきたりする。こんな暮らししなくても、帰ればその生活が待っているのに、と。

 このあたりで、手放して旅を続けるのか、帰って煩悩を満たすのか、の選択にせまられる気がする。まあ、現実的には、選択とかいう以前に金銭的な理由で帰国時期は決まっていたりもするのだけれど。

 さあそれで、1年を過ぎて、煩悩を捨てました。という話であればオチもつくのだけれど、自分の旅がどうあってもあと数ヵ月とわかっているずるい状態での、内側がどうやらそういうことになっているようですよ、というただの観察報告という。

 仮に金銭的な制約から自由であるとしても。私の場合は、多分、手放して、終わりのない旅を選択するということはないのだろう。そういう魂だから。なにもかもを手放した制限のない旅にあこがれるけど、同時に「終わり」をどこかで意識してないとだめになる魂でもある。「手放すべき」菌も抱えている一方で、「手放さない自由もある」という選択を含める方がより制限がない、と感じる自分もいる。

 そして自分の魂から逃げないで正直に言うなら、私は煩悩は適度にかなえていたいのだ。ここちよくいられる程度に。なくすことをこわがるのも私だし、ほしがる私も私だ。かなえるのが可能な世界にいるのなら利用すればいい。べき菌に惑わされてゼロか百を選ぼうなんてせずに。少なくとも大事なのは、自分にとって何が必要で何が必要じゃないか、何が大事で何が大事じゃないか、をわかっていること。いい作用をもたらすものとそれ以外のどうでもいいことの仕分けができていること。それも時に危うくなるのが困ったことではあるのだけれど。


[移動瞑想]
旅との関連性にかかわらず、移動中に考えるともなく考えた降りてくるともなく降りてきた何かのこと。あるいはそのさま。別名、移動妄想。
                             『それ地球用語辞典』より
# by planet_somnium | 2011-10-16 15:14 | 移動瞑想 | Trackback
 コロンビアに戻った。ボゴタに向かっている。でもまだあと7時間は彼と一緒にいないといけない。2日前からずっと濃密な関係にある。もともと望んだ関係じゃないし、相性もいまいちだし、そろそろ離れたい。引きとめようとしてか、コロンビアに入ってからの彼は、態度を軟化させてきた。ベネズエラ側ではいつも空気をフリーズさせていたけれど、コロンビアでは時折冷たくはなるもののどことなくあたたかい。映画を観ないか?と誘ってもくる。やめて、眠いんだから。それにあなたのかける映画、いつもスペイン語の吹き替えじゃない。

 彼、そうバスとの2日間を振り返ってみる。はじまりはシウダーボリバル。19時発が遅れ22時になった。ターミナル使用料のおつりを返してもらえなかった。あとで返す、と彼の女友達はそのまま消えてしまった。ボスにしつこくつめよると、鼻で笑いながら首を切るマネをされた。返してくれないのは悪い。だけど確かに騒ぎ立てたのが恥ずかしくなるような金額でもあった。ボリバルの手持ちが残りわずかで国境付近の移動と出国税を合わせてぎりぎりのところだったんだよだから、とあとからいつまでも心の中で言いわけしている自分がいやになった。けど、こうもいえた、あ、こういう言い方もあった、と手持ちのスペイン語だけで文章を組み立てる練習にはなった。

 翌日の夕方、サンクリストバルから国境サンアントニオまで地元の彼に乗り換えた。ここでもちょっとした手違い。国境まで、と言ったのに、コロンビア側の国境ククタまでの直通だった。金額が思ったより高いし、私は出国手続きが必要だから国境で降りなきゃいけないんだけど大丈夫?と何度も念を押したのに。大丈夫まかせとけ、と落ち着きはらった車掌に連れられて国境脇のイミグレに行くと閉鎖時間を過ぎていた。困惑顔の車掌から残りの金額を返してもらい、どっちみち出国税を払う場所は離れた場所にあるということは知っていたので、その場にいた警官に行き方をたずねた。そう、ベネズエラの警官に。英語まったく通じない。けれど私が伝えようとしていることに真摯に耳を傾けてくれる。もう遅い、ホテルに泊まりなさい。いえ、どうしても今日中にコロンビアに行きたいの。どうにか趣旨は伝わり、タクシーを呼んでくれた。

 出国手続きを終え、国境に戻る。どこから来た、日本、ひとり?、ひとり、信じられない、気をつけなさいよ、危険いっぱいだから、という初級スペイン語会話風やりとりのあと、待ってなさい、といって警官は、ゲートに向かう車の中を次々のぞきこみ、誠実そうな男性の乗ったきれいなグレーのセダンをとめた。ククタまで乗せてもらうといい、彼は心配ないよ、大丈夫。男性は男性で、ククタ側のイミグレ前で私を降ろし、スエルテと言ってドアをしめた。スエルテ。グッドラック。

 再入国手続きは1分で終了。コレクティーボのおじさんにまーえーをーみーろー状態でプロポーズされながらバスターミナルへ。バスは23時出発。その前に何か、何か、何か食べたい。うろうろしていると、警官が二人登場。どうしたの?食べ物を買えるところある?何がいい?ポジョ(チキン)とかパパス(ポテト)とか。よしついておいで、どこから来たの?、日本、コロンビアは初めてかい?、2回目、どこ行った?なにアラカタカ行ったの?自分そこの出身だよ!、ところでスペイン語うまいね。いやうまいって、単語ならべてるだけ。スペイン語圏では、英語やフランス語と違い、片言で喜んでくれる人が多い気がする。

 警官2名の護衛つきで食堂とバスターミナルを往復し、ポジョイパパスのお弁当を手にふたたびバスに乗り込んだ。 ベネズエラとコロンビア。くさった警官はどこに。もー、けんかしないで仲良くしようよー、という気になった。 ブエノ、バス、また会ったね。お手柔らかにね、あと15時間やそこらでお別れだから。しかし、渋滞というコソクな手段で、別れを2時間ひきのばす彼なのであった。

コロンビアの彼。


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 2日目
 ボートで3時間かけてエンジェルフォール(以下AF)へ。他のグループの合流を待ち正午近くの出発。合流メンバーはコロンビア人母子、ドイツ人男子学生二人、トルコ人カップル。全体的に雨。ベトナムで買った4万ドン(200円)のピンクがっぱが大活躍。雨はむろん、寒さ&虫よけにも。それでも時折晴れ間ものぞき、次々に現れるテーブルマウンテン、植物からのタンニンが溶けだした琥珀色の水を眺めながら、途中配布されたランチボックスをぼそぼそ食べながら、さほど長くも感じずAF到着。正確にはAFを近くで見るための島に到着。またこの島が結構な山道登山で。なかなか頂上につかず、上下白の優雅ないでたちが泥だらけになったコロンビア人母が途中キレて「あいむおんばけいしょーーーん(訳:わたしバケーションできてんのよっなにこれ聞いてないわよムキー)」×2回の雄たけびをあげ、ガイドのサミーにくってかかり、息子を困惑させていた。AFが現われたのは雄たけび現場から10分後。私にしては珍しくがんがんのぼっていたせいか、アルゼンチンとうさん「この中で一番元気なのはトーキョウだな」。
 さてエンジェルフォール。実際目の前にした時の感想は「あ。ふうん」。クフ王のピラミッド現象。楽しみにしすぎていたのか、水量がいまいちだったせいなのか、人の方がおもしろすぎたのか。帰りはみるみる真っ暗になるなか各自登山。途中完全にひとりになった。足元も全く見えない中、蛍の光が助けてくれた。と思いたいけど惑わされていた気も。先頭のジョナ&ホリーに追いついた時はほっとした。いいのか各自登山。みなが降りたのを確認し対岸のキャンプ場へ。この日はハンモックで就寝。みなのハンモック写真をとってまわっていたアルゼンチンとうさん、「トーキョウ、トーキョウ」といいながらあわてて戻ってきて数枚激写してまた去っていった。ハンモック、意外に快適。熟睡。


 3日目。
 早朝、すっきり目が覚めた。コーヒーを飲んでいると、コロンビア人息子リバルドが川からびしょぬれで戻ってきた。ひとおよぎしてきたらしい。水絶対冷たいのに。昨日は母のインパクトにかすんでいたし、おかあさまについてきたおぼっちゃまぐらいに思っていたら、話しているうちにとても聡明な自然児であることが判明。大学で生物学を学び、ボゴタみたいな都会にいるよりは自然に身をおくことに幸せを感じるという。母親が見た目完全ヨーロピアンの金髪美人であるのと対照的に、リバルドは黒髪で、端正だけれどどこかオリエンタルな顔立ち。この顔立ちのせいで、白人社会では先住民(現地人?)、先住民の社会では白人と見られる自分を意識して生きてきたそう。コロンビアとベネズエラ間の情勢にくわしいだけでなく、他国、それも日本のこともよく知ってる。この年頃だと漫画・アニメ、もちろんそれにも興味はあるみたいだけど、日本の人口のような数値的なことや歴史まで。だって安土桃山とかいうんだよ、びっくり。あなたのような人たちはこれから世界をつなぐ重要な鍵だと思う、と心の底から言うと、自分もそう思うんだ、と強くうなづいていた。
 ところでくだんのゴージャス母の話ももう少し。名前はアメリカ。最初冗談かと思い、ひきつった笑顔で返してしまった。実際アメリカにも長く住んでいたという話をしてたから。ルーツはスペイン系。まぎらわしいっつの。それはさておき昨日の晩御飯の時は3人でG.G.Mの話で盛り上がったし、ハンモックでも隣どおしで何かとほほ笑み合う仲に。だけど実をいうと、最初の最初は、真反対で。ボート乗り場に向かっていて通りかかったトラックの荷台にみんなで乗せてもらうことになり、順番にあがっている時に私のことを押しのけ、あとから乗った私が隣に座るのをいやがるそぶりを見せたたので、それはちょっとアレでしょう、と思い、トラックを降りた時に、その、つい、ちょっと、いえ実は正面きって、にらんじゃいまして。ふふふだんはそんなことしないんだよう。ちっちぇえ人間だオレ。だけど何がどう作用したのか、これ以降、妙に気に入られてしまい。ツアー後もメールのやりとりまでする仲に。
 雲がしだいに晴れてきた。朝ごはんを食べたあと、青空を背にしたエンジェルフォールの前でみんなで記念撮影。その後ボートでまた3時間かけてカナイマに戻り、シャワーを大急ぎであびて午後セスナでシウダーボリバルへ。

 ちなみに現地語でエンジェルフォールはサルトアンヘル。テーブルマウンテンはテピュイ。旅の直前に行った南千住のカフェ・テピュイ、不思議な名前と思っていたけどこれのことだったんだな。そういえばあの時はひとあし先に旅気分を味わおうと旅友妄想を抱いてとびこんで玉砕したけれど、あの時思い描いてたようなこと、いっぱいいっぱい起きてるよ、とあの時の自分にいいたい。


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